元SNH48専属司会者兼バラエティー班責任者アージーさん回想録(2)

上海SNH48の専属司会者兼バラエティー班の責任者だった「阿吉(アージー)」こと張競さんが新天地を求めて運営会社を円満退社した。退職後、中国ツイッター(新浪微博)で「回想録」をツイートしている。上海SNH48が結成されたばかりの頃の様子がよく分かって、異常に面白いので順次日本語試訳する。

いってみれば阿吉さんはSNH48の歴史の証人。SNH48ファンは必読!

回想録第二回

原文はこちら

バラエティー番組制作者として入社したけれども、番組は決してすぐ撮影が始まらなかった。テーマ選定企画から制作にまでには必要な時間がある。

当時海外のいろいろなグループバラエティー番組を観て、ここで特に感謝したいのは「9課」のみなさんのご苦労だ。じつは僕は『週刊少女』と『BINGO!』の間にかなりの時間いろいろな比較やためらいがあり、最後に考えたのは当時ファンの人数には限りがあったので、やはりSNH48の知名度を高めることを第一に考えた。通りすがりの人にもっと受ける番組形態も選択できたが、最終的には『BINGO!』のモデルに決めた。

(訳注:AKB48の『AKBINGO』をモデルにしたバラエティー番組にすることに決めたということ。当時SNH48はまだAKB48の正式な姉妹グループだったので、AKB48の企画を借りてくることに全く問題はなかった)

そこで僕はいろいろな番組名を考えて、『SNHELLO』は内部のスタッフが投票で決めたものだった。しかし最初の宣伝を始めた後、僕は初めてファンのみんなの圧力を感じた。この題名には拍手して良い名前だと言ってもらえたけれど、さらに大きなツッコミは、どうして海外の伝統にしたがって『SNHINGO』と呼ばないんだというものだった。

当時僕は、この名前を読むのにちょっと力を入れると鼻水まで出てくるのをおさえられない名前だろ、どうやって思いついたんだ?と返信したいのはやまやまだったけれど、何とか気持ちをおさえて返信しなかった。でももう耐えられなくなって貼吧(訳注:中国5ちゃんねる)に潜伏するのが習慣になった。

バラエティーを一時期撮影しなかったので、僕に司会の経験があると知って以降、社長からメンバーにMCのレッスンをする仕事を与えられた。思わず緊張してしまった。

女性グループに入社してから、親友の多くが僕の近況を質問するとき、何とも言えない笑顔を浮かべて、この仕事の幸福感について想像力をたくましくしていた。彼らの気持ちは分かるけれど、事実は、女性グループに入社して数週間、いちばん頻繁に顔を合わせたのは、服装のスタイルがかなりさわやかで上品なおばさんで、ファンのみんなが冗談で「花姐」と呼んでいる人だ。その後はじめて彼女の仕事が衛生管理責任者だと知った。どおりでどこへ行っても出くわすわけだ。

花姐は熱心な人で、僕が二階のトイレで静かに思うまま用を足していると思い込んでいても、花姐は懐メロを鼻歌で歌いながら、髪の毛の色と同じさわやかな色のモップを引っ提げて、男子トイレの入口から悠然と入って来て、彼女の方から僕にあいさつし、あいさつされた僕が顔を真っ赤にしてあわてて身支度をして振り返ると、彼女の歌声はもうとっくに遠ざかっていた。だから入社して以来、実はメンバーに会ったことはない。(訳注:トイレで、という意味か?)

レッスンは劇場の小さなメイクルームで行われた。長い会議卓の横に、メンバーがぎっしり一列に並んた。先輩社員が僕を紹介してから、MCのレッスンが始まった。初めて部屋いっぱいに並んでいる少女アイドルを間近に見て、さらに緊張せずにはいられなかった。まだ良かったのは、背の高い女の子が自分からあいさつをしてくれて、いくらか僕の緊張をやわらげてくれたことだった。

「先生こんにちは。私は戴萌(ダイモン)といいます、萌は戴萌の萌です!」
僕は心の中で思った。そうだよ。僕は張競という名前で、競は張競の競だね。
もちろん、その後僕はやっと理解した。あのとき彼女が言いたかったのは「呆萌の萌」だったんだ。(訳注:「呆萌」はバカっぽくて可愛いの意味)

僕は大勢のきれいな女の子たちで、それにアイドルだから、かなりゴタゴタするだろうと思い込んでいたが、あの日チームSIIへのレッスンは意外なことにスムーズだった。メンバーたちはときには静かに話を聞き、時には手を挙げて質問し、特に二人のメンバーが続けて話をしたときは、異次元にスリップしたような奇妙な感覚で、「女性グループ」という言葉に対して全く新しい理解をあたえてくれた(後になってその二人が陳思孫芮だと知った)。

僕は自然と古典を引用しつつ、はっきり筋道立てて、思うままに、自分が学んできたバラエティーの感覚を余すところなく、ボケとツッコミの方法も何もかもすべてを伝えた。好奇心から、僕は話をしながらこっそりあの『達人ショー』で転びそうになったメンバーを探していた。惜しいことに、僕はじっさい自分の能力を過大評価していた。テーブルのそばにずらりと並んだメンバーを、何度ながめても同じ顔に見えたんだ。

レッスンが終わると、そばにいたさっきの先輩社員は僕に、しきりに素晴らしいと、ものすごく褒めてくれて、僕も自分の力を活かせたことにとても満足していた。有頂天になって、空にも上る想いで、翌日のレッスンに自信たっぷりで臨んだ。

あのとき、SNH48には2チームしかなく、翌日劇場でレッスンを待っていたのはチームNIIだった。僕が初めて公演を観たチームだ。このチームNIIに出会って、状況がかなり違うとは思いもしなかった。

シェアする