上海SNH48二期生ルーリー(曾艷芬)来年の総選挙辞退を宣言、総選挙は「あってもなくてもいい無意味な競争」

上海SNH48二期生チームNIIルーリー(曾艷芬)がFacebookで、来年の総選挙に参加しないと宣言した。ただ、下図の書き込みはその後削除されているようだ。

私は来年参加しない。これからも無意味な競争には参加しない。覚えておいてよ!私がみんなにどういうふうに夢を見せてあげられるかの可能性に関係なく!みんなはやっぱり自分の夢を持って!

もしアイドルの身の上に(自分の夢を)託すしかないなら、じゃああなたにとって(その夢は)何の意義があるの?それじゃダメでしょ。

私の存在はみんなをより良く変えたいということ!際限のない競争や、お互い傷つけ合うことじゃない。

みんなが私の第四位という順位のせいで、客席で泣くほど喜んでいた様子を私は見たから、私はそれが私の欲しいものだと分かった。みんなの期待に到達するために、私はとても苦しんだ。

でも私が欲しいのはそういうものじゃない。ただみんなに楽しくなって欲しいだけ。だって私はみんなを愛してるから。

じつは私本当にそういうものはどうでもいいと思ってる。みんなの言葉を借りれば、初心を忘れるな、最初に戻ろう。私の最初の年の総選挙を見てみて。あれが私の初心。

二年目はみんなに二度と私に対して謝ってほしくなかったから。毎年それと同じこと。やることも話すことも、たくさんのことが私を不愉快にさせた。

考えを見失ったけれど、でも直感的にもう人を騙さないと思った。だから私は自分の直感を信じた。

もし直感的に私を不愉快にさせるものがあるとしたら、私は自分自身に無理強いすることはしない。それが私の自由。

あなたの心の中に、私のために少し愛の空間を開けて、このことを許してね。

そう、私は何も必要としていない。ただ愛が欲しいだけ。私も何も持っていない。ただ愛を持っているだけ。

もしみんなが私を信じてくれるなら、どうか必ず私に力をくれないかな?

私はちょっと臆病で、『名探偵コナン』を見ても怖がるくらいだけど、愛があれば恐怖に打ち勝てる。私はみんなをとても必要としてる。

それから、私たちの会社にもとても感謝してます。私に対して十分な理解といたわりを下さって、メンバー個人の意思を尊重して下さって、私は私たちの会社を愛してます!

名誉と利益だの、金銭だの、名声だの、社会はこれ以上現実的になりようがない。私たち人間はそういうもので出来ているんじゃないから。

そりゃあなたは、第三回総選挙で第4位、第四回総選挙で第6位という、姉妹グループ含めてほとんどのメンバーが望んでも得られないような、高い順位を獲得できているから、何とでも言えるでしょう。

では、毎年の総選挙でせめて圏内に入りたいと思って、応援会含めて必死で資金集めしている他のメンバーは、人間にとって本質的な価値のない「名誉と利益だの、金銭だの、名声だの」を追い求めている、愚か者だということなのだろうか。

このルーリーの文書はそうとしか読めない。人間は「名誉と利益だの、金銭だの、名声だの」、そういったもので出来ていないから、自分が不愉快になるような競争からは降りると彼女は書いている。

しかし他のメンバーはたとえ自分が不愉快な思いをしても、応援会やファンが自分の順位を一つでも上げようと努力してくれる限り、それに耐えているわけだ。

ルーリーはメンバーのそういう自己犠牲の上に成り立つ総選挙を「無意味な競争(有的没的竞争、あってもなくてもどっちでもいいような意味のない競争)」だと言い切っている。

彼女より総選挙の順位が下のメンバーと、その応援会やファンは、この文章を読んでどう思うだろうか。

彼女には自分の言葉が他人にどういう感情を引き起こすか、まったく想像できていない。

やはり彼女は広汎性発達障害の可能性があると疑わざるをえない。

筆者は以前も書いたように、ルーリーの善意を信じているからこそ、彼女を発達障害だと疑っている。

ルーリーが本気でこんな文章を公表しているのだとしたら、単に悪質な自己中心主義者ということになるが、筆者は決してそうではないと信じている。

SNH48グループの他のメンバーやファンも、彼女の障害のことを理解して、その上で彼女のさまざまな言行に寛容に対応してくれることを願っている。

じっさいにはこの文章をきっかけに、また彼女は激しい人身攻撃を受けることになるだろうけれど…。

P.S.
たとえば最近彼女は二期生リサ(陸婷)、三期生カメちゃん(徐晗)といっしょに、王自健がホストのネットバラエティー番組『卡拉偶客』に出演した。

この収録でルーリーは王自健から「カメラに映るから股を開かないように」と真剣に注意されている。収録で股を開いて注意されたのはこの番組が最初ではなく、張大大が司会の番組でも注意されている。

普通の大人なら、ふだん行動するとき、たとえば公の場で足の爪を切り始めたり、突然歌を歌い始めるのは不適切だと、常識的に理解しているが、自閉症の傾向のある人は、あまり意識せずにそういうことをしてしまう。

ルーリーも別にセクシーさを売りにしたいわけでは全然なく、脚を開かないようにするところまで注意が及ばなくなってしまうのだ。それも簡単にそういう注意散漫な状態になってしまう。

また上の番組では、ルーリーは番組の収録中なのに堂々と居眠りを始める。編集版ではネタとして処理されてるが、他の2人はそのフォローするために少し気まずい雰囲気になっている。

以前、ルーリーはニコラス・ツェーの料理対決番組『鋒味』にもゲスト出演したが、やたらとニコラス・ツェーに馴れなれしくした様子が彼のファンの反感を買って、小さなエンタメニュースになった。

上の番組の王自健もSNH48メンバーからすると大先輩のタレントだ。

そういう大先輩の王自健やニコラス・ツェーを前に、大人なら常識としてとれる距離感や緊張感について、彼女はその必要性を実感できていない。

劇場公演のMCで周りの雰囲気に気づかずに長時間話し始めたり、メンバーの誕生日記念公演で公衆の面前で口げんかをし始めたのも同じ種類の行動だ。

筆者はそういうルーリーの立ち居振る舞いから見て、軽度の自閉症だと疑っている。逆に言えば、彼女のちょっと常識から外れた行動や言葉は、大人の広汎性発達障害の一種だと考えるとすべて説明がつく。

筆者の中学高校時代のとても知能指数が高い友人の一人に、社会人になって初めて発達障害だと診断を受けて、生きるのが一気に楽になったという人がいる。

それまでは、たびたび非常識な行動で周囲の反感を買って、どうして自分はこういうことをしてしまうのかと苦しんでいたという。

ルーリーが今後の人生をもっと気楽に生きるためにも、まず自分が軽い病気だという病識をもって欲しい。

ただ、筆者がここでこういうことを書いても、そもそも身近に発達障害の人がいない人、あるいは、身近にいる発達障害の人を単なる「変人」「おかしいやつ」「ヘンなやつ」と思っている人は、筆者が彼女を病人あつかいすること自体に反発するだろう。

本当は病識を持ったほうが、ルーリー自身が楽に生きられることはほぼ確実なんだけれど…。

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