SNH48一期生デビュー四周年記念公演冒頭4曲公式映像

SNH48チームSIIデビュー四周年記念公演2017/01/12の冒頭四曲の公式映像が公開されていたので、少し遅くなりましたがご紹介。

公式映像なのに音質が悪い。マイクが完全にONで生歌。諸事情あって現地に観に行けない身としては、映像作品としてなら半マイクで全然OKです、という感想。『最終ベルが鳴る』のツーコーラス目のAメロ前半、誰も歌わない部分の意味も不明。

あまりに音質が悪かったので、そこだけなぜか音量が低かったOvertureの音量を上げて、会場の浅水湾文化中心くらいのライブハウス規模のリバーブを掛けた。

それでも北京BEJ48公演の毎週のオンライン生放送よりも音質が悪い。

北京BEJ48のオンライン生放送は、伴奏は元音源どおり各音色がそれぞれの場所に定位したまま、半マイクのボーカルは中央に、客席の歓声は、当初はステレオで左右に分けてミックスされていたけれど、最近は中央よりに定位しており、とってもクリアで聴きやすい。

現場で聴いている分には全く問題ないんだろうことは分かっている。

でもSNH48運営はこういうライブ映像を正式に公開するなら、音はプロフェッショナルに作ってほしい。SNH48一期生チームSIIのパフォーマンスが台無しになっている。

SNH48チームSIIがどれだけ素晴らしいか、48系文化を中国で商業的に成功させた一期生のすごさを、ネット上の不特定多数の人に発見してもらうには、数週間かかってもいいので、手を抜かずに、伴奏を後からミックスして、ちゃんとした音源の映像作品として出してほしい。

記念すべき四周年公演なのに、映像作品としての質の悪さが本当に残念。

SNH48一期生の歌姫CC(徐晨辰)が精密検査で心筋炎の診断、しばらく入院で治療に専念

SNH48メンバーの病気の記事ばかり書いていると、なんだかSNH48メンバーの疾病率が異常に高い感じがするけれど、決してそんなことはないので、誤解のないようお願いします(汗)。

SNH48一期生チームSIIの「歌姫」で、R&Bを歌わせたら、今でもSNH48グループの中でトップのCC(徐晨辰 Xú Chén Chén シュー・チェンチェン あだ名: CC SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1990/06/20江蘇省南京市生まれ
)。

ずっと体調不良で公演をお休みしているが、新しい病気が見つかったらしい。しかもかなり重症の。


CC(徐晨辰 Xú Chén Chén シュー・チェンチェン あだ名: CC SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1990/06/20江蘇省南京市生まれ
「親愛なるみなさん、今日事前にみなさんに準備しておいたツイートはできなくなった…今日点滴を打った後、精密検査をうけることに決めた。そしたら大C(徐晨辰 Xú Chén Chén シュー・チェンチェン あだ名: CC SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1990/06/20江蘇省南京市生まれ
の現地でのあだ名)は扁桃腺炎だけじゃなくて、心筋炎もあることがわかった。入院してずっと経過観察する必要があるって。お医者さんによれば、しばらくはベッドと車いすだけで生活するようにって…病状がかなり重いことが急に分かった。しばらくしたらいろんな医療器具を付けるので、スマホを見ることもできなくなる…病気が長引いてるから新しい写真もないし、病院のベッドでいろんな医療器具をツイートしてみんなを心配させたくないし。回復するようにがんばる」

心筋炎は文字どおり心臓の筋肉の炎症で、Wikipediaによると、特徴的な症状がないだけに、発見が難しいらしい。最悪の場合、生命にかかわることもあるらしいので、とにかくしっかりと治療をうけて、時間をかけて治して欲しい。

SNH48一期生ダイモン(戴萌)・momo(莫寒)入団4年目の対談

中国動画サイトの一つ「LeTV 楽視」(最近はスマホから自動運転の電気自動車の製造にまで事業を広げている企業)が、SNH48一期生チームSIIダイモン(戴萌 Dài Méng ダイ・モン あだ名: ダイモン SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1993/02/08上海市生まれ
)とmomo(莫寒 Mò Hán モー・ハン あだ名: momo SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1992/01/07貴州省遵義市生まれ
)の初対談動画を制作した。

なぜか場所は北京BEJ48の星夢劇院(北京市朝陽区のユータウン・ショッピングモール)。

字幕をつけている時間がない(というよりその時間があれば他のニュースをお伝えしたい)ので、以下、対談の主な内容だけ日本語試訳する。


ダイモン:一期生が入団してからまだ三年だと思ってたのに、知り合って四年目になるなんて思わなかった。

momo:ここ(SNH48)ではいろいろ消耗したね。

ダイモン:「老いの涙」が流れ出すよ。

momo:四年って、まるでちょっと夢を見てるような感じ。四年も今まで頑張ってきた。

ダイモン:三回も総選挙に参加したし。

momo:あの頃は自分がまるでアイドルになった感覚がなかったみたい。

ダイモン:しかもあの頃は列車で出かけることが多かったよね。高速鉄道で。去年か一昨年、チームSIIのライブツアーで北京にも行って、北京で小さな劇場を借りて、それで高速鉄道で行った。

ダイモン:あの頃、一曲目の『長い光』が「shining shining」って流れ出すと、客席は「ヘイ ヘイ」って、すごく盛り下がってる感じで。

(訳注:SNH48が上演した『恋愛禁止条例』は「条例」という言葉が当局との関係で使えないため「長い光」の中国語訳『永恒之光』という名前の公演で上演された)

ダイモン:『SNH参上』(訳注:原曲タイトルは『AKB参上!』)になると、めったになかったけど、後ろの方でヲタ芸をするファンの人もいたよね。

momo:私が覚えてるのは、あの頃一つ習慣があって、毎回公演が始まる前に舞台後ろの扉の隙間から、観客が何人いるかのぞき見してたの。

二人:そう!!

momo:客席に何人いるか。

ダイモン:あの頃は、立ち席、赤色の席、青色の席があって、青色の席、赤色の席だっけ?とにかく後ろの方は誰もいなくて。

momo:横の方にいて何も気にしないふりをして、「今日は満席?」って聞いて。

ダイモン:そう毎回見てたよね。あの頃は本当にファンの人がほとんど誰もいなくて、応援しにきてくれる人は数人のファンだけで。まだはっきり覚えてるのは、私の応援ボードを二枚、客席で持ち上げてくれてて、すごく得意な気持ちだった。あらら、私は応援ボードがあるのに、みんなのはないね、って。

momo:それで急に思い出したけど、今は空港に行くとファンの人が写真を撮ってくれるよね。ファンの人が私にメッセージをくれて、それを読んですごく辛かったの。そのファンの人は中国ツイッター(新浪微博)で私に@でメンションをくれて、「今はmomo(莫寒 Mò Hán モー・ハン あだ名: momo SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1992/01/07貴州省遵義市生まれ
)に写真をたくさん撮ってあげたい。以前は君のファン撮影写真を探しても見つからなかったから。他の人が撮った写真の中にmomo(莫寒 Mò Hán モー・ハン あだ名: momo SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1992/01/07貴州省遵義市生まれ
)がいないか探すしかなかったから」って。それを読んだときすごく悲しくなった。

ダイモン:前はファンが写真を撮ってくれることも何もなかったから、化粧もしなかったけど、今は

momo:良いイメージを見せなきゃと思って

ダイモン:みんなに毎日元気満々なイメージの私を見せなきゃって思って。それで、今はファンの方も多くなったよね。

momo:だから朝すごく早く起きて化粧しなきゃいけない。

ダイモン:そうそう、あなた今日七時過ぎに起きるって言ったよね。私は六時過ぎには起きてたのに。

momo:もう一つ変わったのは、ファンのみんなとの掛け合いが多くなったこと。以前いちばん怖かったのは、司会者の人に「君たちのファンはどこにいるの?」って聞かれることだった。

ダイモン:そう司会の人が「君たちのファンの歓声を聞かせてくれない?」って。

momo:そしたらシーンって静まり返って。
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SNH48一期生26名発表から早くも四周年

上海SNH48一期生のオーディション最終選考が終わり、一期生メンバー26名が発表されたのが、四年前2012/10/14。

四年前のこのブログがSNH48に対してどれだけ冷めていたかは、最初のころの記事をご覧いただければ分かる(笑)。

ただ個人的に「SNH48なんて中国で人気が出るわけないだろ」という気持ちを捨てるつもりはない。SNH48運営がそれを裏切ってくれる楽しみがなくなってしまうので。

最初の頃はマメに字幕をつけて、一期生オーディション風景の動画をアップしたりしていた。

しかしこの一期生オーディションのドキュメンタリー映像を見ると、二期生がたくさん映っている。

パンダ(董艷芸 Dǒng Yàn Yún ドン・イェンユン あだ名: パンダ SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1993/02/24福建省泉州市生まれ
)、シャオシャオ(胡晓慧)、未来(蔣芸 Jiǎng Yún チャン・ユン あだ名: みらい SNH48 Team SII
 SNH48 2期生
 1992/03/27江蘇省常州市生まれ
)。パンダ(董艷芸 Dǒng Yàn Yún ドン・イェンユン あだ名: パンダ SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1993/02/24福建省泉州市生まれ
)に間違ってグーちゃん(顧香君 Gù Xiāng Jūn グー・シャンチュン あだ名: グーちゃん(退団済み) SNH48 Team
 SNH48 1期生
 生まれ
)と字幕をつけてすみません。

ローラン(羅蘭 Luó Lán ルオ・ラン あだ名: ローラン SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1991/09/16陝西省宝鶏市生まれ
)もいる。三期生のカメちゃん(徐晗 Xú Hán シュー・ハン あだ名: カメちゃん SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1993/01/15四川省生まれ
)と、彼女の親友で今はアイドルグループATFメンバーの張瑜紋。あとは徐言雨 Xú Yán Yǔ シュー・イェンユー あだ名: 雨(あめ)ちゃん SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 生まれ
も。

当初は一期生メンバーの中国ツイッター(新浪微博)の全ツイート日本語試訳も掲載していた。メンバーが200名近くになった今では、絶対ムリな話だけれど。

一期生発表から四周年になっても、SNH48グループの未来はまだまだこれから。

SNH48が国慶節のお祝いに『私と私の祖国(我和我的祖国)』オリジナルMV公開

SNH48が『私と私の祖国(我和我的祖国)』のオリジナルMVを公開した。中国の国慶節前日だからだ。

2ちゃんねるのネトウヨの皆さんにこの動画を燃料として投下するのは、どなたかにおまかせするとして、ここではあらかじめ火消しをしておく。

↓SNH48バージョン『私と私の祖国』MV

この『私と私の祖国(我和我的祖国)』は1985年作なので、まず、毛沢東の文革の時期に作られた革命歌ではない。

だいたい革命歌が、軽やかな6/8拍子と9/8拍子で作曲されるわけがない。

そして歌詞の中にも、祖国の偉大さを称えるような内容はない。祖国をお母さんに例えて、懐かしんだり、その大きな胸に抱かれたいとか、いっぱいの愛をもらいたいという、どちらかというとマザコンな歌詞。

これが英語ならジョン・デンバーが歌いそうなカントリー・ソングになるところ。

参考までに最後に中国語歌詞と日本語試訳をのせておく。

このゆるめの歌に合わせて、今回SNH48が制作したオリジナルMVも、途中なんとRAPが入ってしまうという大胆な編曲。

そして映像はあくまで優雅。こういうMVでは、美形のSNH48メンバーがものすごく活きる。バレエの経験がある一期生チームSIIのキキが、いちばん大きくフィーチャーされている。

国慶節のお祝いなので、もちろん赤色が目立つMVになっているけれど、その他にもいろんな色が登場するカラフルな映像。

ここまで大胆なアレンジをしても、後ろから刺されたり、関係者が謝罪会見しなくていい愛国歌は、日本にはないような気がする。

もちろんSNH48運営がこのMVを制作したのは、最近ではSNH48と姉妹グループは中国中央テレビに出演するまでになったので、政府に対する「予防線」の意味があるかもしれない。何せ今の中国にとってはいちばん大事な日なので。

↓左から、一期生ダイモン(戴萌 Dài Méng ダイ・モン あだ名: ダイモン SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1993/02/08上海市生まれ
)、二期生ルーリー(曾艷芬 Zēng Yàn Fēn ツォン・イェンフェン あだ名: ルーリー SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1991/01/30広東省韶関市生まれ
)、三期生ルーシー(王璐 Wáng Lù ワン・ルー あだ名: ルーシー SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1996/05/20河南省生まれ
)、一期生キキ(許佳琪 Xǔ Jiā Qí シュー・チャーチー あだ名: キキ SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1995/08/27浙江省生まれ
)、一期生レンレン(吳哲晗 Wú Zhé Hán ウ・チューハン あだ名: レンレン SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1995/08/26浙江省嘉興市生まれ
)、一期生タコちゃん(張語格 Zhāng Yǔ Gé チャン・ユーグー あだ名: タコちゃん SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1996/05/11ハルピン市生まれ
)、一期生ワンワン(邱欣怡 Qiū Xīn Yí チョウ・シンイー あだ名: ワンワン SNH48 Team SII
 SNH48 1期生
 1997/01/11台北市生まれ

↓このMVにはSNH48七期生も下図の13名が登場している。

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