SNH48公式サイトに第三回リクエストアワー特集ページ開設、今年は北京BEJ48、広州GNZ48と合同開催だけどBEST 30で曲数は同じ

今年は初めて上海SNH48、北京BEJ48、広州GNZ48合同で開催される第三回リクエストアワーBEST30の特集ページが開設された。

投票は2016/10/15現地時間10:00開始。リクエストアワー・コンサートは2017/01/07(土)上海メルセデス・ベンツ・アリーナで開催される。

SNH48グループが上海メルセデス・ベンツ・アリーナでコンサートと聞いても、もう驚かなくなってしまうほど順調に発展してます。

SNH48のリクエストアワーBEST30は、第一回からAKB48とかぶらないように、リクエストタイム BEST30という名前だが、ここではリクエストアワーと書くことにする。(中国語のタイトルは「金曲大賞」)

↓全対象曲のページを開くと、このとおりかなり膨大な曲数になる。ほとんどがAKB48楽曲ですが(汗)。

SNH48公式サイトのこちらのページに投票ルール詳細が書かれている

第三回リクエストアワーの投票ルールは全面的に更新され、楽曲およびメンバー以外に、ユニット曲についてはメンバーのポジションも指定できるとのこと。

ユニット曲の得票数は、楽曲と参加メンバーで集計されるのではなく、楽曲と参加メンバーと参加各メンバーのポジションが全く同一の場合のみ累計されるという、とっても細かい集計方法になる。

例えば、3人のユニット曲があって、複数のファンが同じ3人のメンバーを指定して投票しても、その3人のポジションが違えば、別の曲とみなされて、それぞれ別に集計されるということ。

これは現地の応援会が、ポジションまで指定して投票を呼びかけないと、せっかくの票が割れてしまうことになる。ちょっと神経をつかいますね。

上位メンバーに与えられる賞もバージョンアップ。最高位のユニット曲、および16人曲のそれぞれのMVを制作する。

それに加えて、最高位のユニット曲のセンター・ポジションのメンバーには、特別にオリジナルのソロ曲を制作し、海外で単独MV撮影を行うとのこと。

SNH48第三回総選挙TOP16シングル『プリンセス・クローク(公主披風)』と、アンダーガールズ(第17位~32位メンバー)のシングル『ロマンティック・メロディー(浪漫関係)』の2枚のEPに、リクエストアワー投票券が封入されている。

この投票券は、第三回リクエストアワーの2回分の投票として利用することもできるし、SNH48第二回ファッション大賞の対応する「いいね!」の数」の投票に使うこともできる。

(投票券1枚を第二回ファッション大賞に利用した場合、何回分の「いいね!」の投票に当たるのかは、はっきり書かれていない。また、第二回ファッション大賞が第三回リクエストアワーと同時に行われるのか、別々に行われるのかもはっきり書かれていない)

投票は、PCの公式サイト、またはSNH48運営が開発したスマホアプリ「Pocket48」からできる。

また2017/01/07(土)に上海メルセデス・ベンツ・アリーナで開催されるリクエストアワー・コンサートは、同じ会場でこの夏に行われた第三回総選挙のステージが左右と中央の三方向に伸びたステージだったのと違って、会場の中央に設置されるとのこと。

観客は舞台を取り囲むように360度ぐるっと周囲からメンバーのパフォーマンスを見ることになる。

今のところわかっているのは以上。詳細な情報はまだこれから出てくると思われる。

中国の年末(中国の新年は年明け2月の旧暦「春節」なので)に、SNH48グループは第三回リクエストアワーと、第二回ファッション大賞の二大イベントで大盛り上がり、ということになる。

北京BEJ48二本目のオリジナル曲MV『青春肩並肩(青春は肩を並べて)』公開!

北京BEJ48初の全曲オリジナルEP『元気覚醒』から、メイン曲『元気覚醒』につづいて『青春肩並肩(青春は肩を並べて)』のMVが公開された。Team Bの楽曲。

この曲はK-POP風EDMの『元気覚醒』と違って、純J-POP風というか、純AKB48風のミドルテンポの曲。個人的には『元気覚醒』よりも良い曲だと思う。

ただEP『元気覚醒』の曲からは、これで二本目のMVなので、明らかに低予算で作られている。

どこかの学校の教室を借りているシーンはロケだが、ダンスレッスン室はBEJ48の生活センターのレッスン室。後半はBEJ48星夢劇院。

いーしゃん(段藝璇 Duàn Yì Xuán( ドァン・イーシェン) あだ名: いーしゃん BEJ48 Team B
 SNH48 5期生
 1995/08/19湖南省生まれ
)が横になっているベッドのシーンも、BEJ48生活センターのような気がする。もしそうなら学校の教室が唯一の外でのロケということになる。

そして『元気覚醒』のMVや、SNH48のMVによく登場する超広角レンズのカットがないので、おそらくデジタル一眼レフの動画撮影機能で全編撮影されているはず。このMVが全編ローキーでコントラストが低いのは、たぶん一眼レフで撮影しているせい。

SNH48の初期のMVのうち、たとえば『桜の木になろう』も全編デジタル一眼レフの動画撮影機能で収録されていた。

そういう細かいことは別にして、北京BEJ48はMVの脚本家を広州GNZ48から借りてきた方がいいかもしれない(笑)。

上海SNH48から学業の関係で移籍した、きのこ(閆明筠 Yán Míng Jūn( イェン・ミンチュン) あだ名: きのこ BEJ48 Team B
 SNH48 4期生
 1998/02/11河南省生まれ
)が新入生(挿班生)という設定は分かるけれど、それが活かしきれていないような気がした。

北京BEJ48の運営も売上が増えてくれば、だんだんと質の良いMVが撮れるようになるでしょう。

北京BEJ48チームJ「しーしー(單習文)」は2年飛び級で大学合格の秀才なのにラブライブのコス団からBEJ48

北京BEJ48一期生(上海SNH48七期生と同期相当)の中に一人、すごいメンバーを発見。

北京BEJ48に新しく結成されたばかりのチームJ、しーしー(單習文 Shàn Xí Wén( シャン・シーウェン) あだ名: しーしー BEJ48 Team J
 BEJ48 1期生
 01/31安徽省生まれ
)。安徽省出身。

彼女の中国ツイッター(新浪微博)公式アカウント2016/10/05 13:07のツイートの自己紹介長文を読むと、びっくりします。

以下、日本語試訳。


私の名前は「習文(シーウェン)」、年下のいとこの名前は「習武(シーウー)」、年上のいとこの名前は「習斌(シービン)」。これってホントあはは。

小さい時自分の名前は好きじゃなかった。ストレートすぎるから。まるで生まれた最大の目的はしっかり勉強することみたい。そのとき密かに思ってたのは「羽」「妍」「莎」とか女の子っぽくて響きのいい名前が好きだってこと。

実は名前ってやっぱり不思議なもので、16歳までの私はふつうの大人しい「あの娘を見てご覧なさい」的な女の子で、家と、学校と、本屋の3か所を行き来するだけ。いま思い返すと16歳までの私の人生は本当の意味で……しっかり勉強すること以外は何もしてなかった……

名前はやっぱり私の……テストの成績にも……影響力があった。

16歳で私は大学入試に参加して、安徽省滁州地区の文系で11位。それから北京に来ることを選んだ。16歳は実は少し年齢が小さいし、大学入試で希望学科を記入するとき、やけくそで英作文を書き直して15点引かれて英語学科を選んだ。(訳注:この文の意味がよく分からない)

事実が証明してくれた……やっぱり好きなことを選ぶのがいちばん重要だよ。友だちと大学というこの小さな社会に馴染み始めたあと私はだんだんと……ヲタク女子に変わっていった。

オタク女子の生活って……講義に出る以外は宿舎の寝室にずっといて、友だちも不思議なほど少なくて……「私は誰?ここはどこ?」っていうふうに途方にくれた頃もあった。

私の大学生活は無味乾燥なもので、年齢が小さくて、学業では秀才に取り囲まれた中では普通の人としか言えなくて、自己否定して、なりふり構わず、チャンスをたくさん逃した。

いちばんそれがよく分かる例は……大学に入っても、お父さんやいとこのお兄さん以外に男性と手をつないだこともなかった……今みたいに中学生でも恋をする時代に……私ってぜったい希少動物だよね……

でもチャンスが巡ってきてある日、私はコミケに参加した。

私の二次元に対する気持ちは実は濃くもあり薄くもあり、長い長い「しっかり勉強」の日々も、アニメを見たり、こっそりコスプレ掲示板を見たり、同人サークルの掲示板を見たり。

誇張なしに言って、10年来私が唯一リラックスして慰められることだった。でも一度も強烈だったことはなくて、生活にまで入り込んでくることもなかった。グッズも買わないし、サークルのことも分からなかった。私は二次元少女と言えないかもしれない。

そしてそのときのコミケで、私はたまたま小さな舞台で輝いている女の子たちを目にした。

彼女が私に聞いた。ねぇ、「安利」って聞いたことある?(訳注:この「安利」の意味は不明。安利美特(アニメイト)のことか、単に「宣伝する」「売り込む」の意味か)

彼女たちは別名「キンキラキン」の衣装を着てAKB48の『ヘビーローテーション』を踊っていた。そのとき私は本当にぼーっとしてしまった。舞台上の彼女たちが本当に輝いてて、ほんとうに超かわいかった!

それから私はお手洗いに行って、ふと顔をあげるたとき、横でメイクを落としている隊長と目が合ったの。それから彼女が言ったのは「お嬢ちゃん、ラブライブって知ってる?人が足りないから来ない?」

私はもちろんラブライブは知ってたから、その後私も小さな舞台でダンスする女の子の一人になった。

実は自分ですごく楽しくて、ときどきなんの報酬もなかったり、基本的に自腹でお金を出して、最初私たちは解散しても仕方ない、っていう時もあった。

そのころラブライブのダンスチームはたくさんあって、それぞれ目標を持っていたけれど、私たちの目標は、私たちだけで、私たちの公演をやって、それからすぐに解散すること、それしかなかった。

でもこの小さな目標はぜんぜん簡単じゃなかった。万単位の会場費や、見に来てくれる応援団のファンのみんなは?

この目標に向けて一年間歩んだ。

その一年間、私は週末を全部レッスンにあてて、私の生活は講義に出て、寝室にずっといて、レッスンをする、というふうに変わった。

実はぜんぜん基礎がなくて唯一取り柄といえば笑顔。でも楽しかった。高坂穂乃果になったり、矢澤にこになったり、南ことりになったり。

舞台を降りると普通だけど、舞台に上がった瞬間、応援の声がどんどん大きくなるのが聞けるし、そばにいる仲間たちの笑顔が見られる。それで十分だった。

ファンの人たちに見に来てもらうために、私たちはコンテストに参加したり、MVを制作したり、私もコスプレ写真の撮影を手伝ったり、撮影スタジオのモデルになったり、漢服店のモデルをやったり、大企業の営業を受けたりした。あまり好きじゃないときもあったけど。

チケットの値段を安くするためと、衣装を買うために、みんな絶えず営業の仕事を受けて、レッスン以外は営業の仕事という生活だった。

それから私は学業の上で最大の困難に出会った。貸し切りでレッスンをする半年近くの間、大半は北京にいなくて、すごく大事な南ことりのポジションを一か月引き伸ばしてしまった後、私はやめることを選んだ。

でもそれは私が見た中で完全にゼロから作り上げた、いちばんすごい貸し切りのステージだった。私は楽屋から海のようなスティックライトと、とどろくようなコールを見て、一人でしくしく泣いてた。

最後までいっしょにやり切れなかった後悔と自責。この一年、私にいちばん貴重な友情をくれた仲間たちの期待にこたえられなかったこと。

私は大きな輝きの一つひとつが簡単じゃないことを知った。ソロ曲のときメンバーの目に涙があふれるのが分かった。私は泣き虫だから、私ならきっとそのまま泣き出したと思う。

その後BEJ48が北京に出来て、初演のチケットが取れなかった後、やっとチケットを買うことができた。私はいちばん後ろの列で公演を最後まで見た。

その感覚はどう言えばいいんだろう。まるで私が初めて『ヘビーローテーション』を見たあの午後のような感じ。あの心残りだった貸し切り公演のときのような気持ち。

実は先輩たちのダンスは私たちが最初趣味でやってたようなダンスよりはるかに上手いんだけど、でもあの何とも言えない感動は同じだった。

私はコールの声に囲まれながらBEJ48に応募する決心をした。

最後は?私が見たあの『シアターの女神』公演のように「ついに私はここに立った」


本当にびっくりする。

翌日、2016/10/05の彼女のツイートによれば、彼女の専攻は英語。第二学位として二年間外交学を学んだが、BEJ48入団後は辞退、第一専攻の英語だけにしたらしい。

日本よりはるかに強烈な学歴社会の中国で、2年飛び級の16歳で大学に合格した秀才の彼女が、コミケの『ヘビーローテーション』で雷に打たれたように感動する。

そしてラブライブのコスプレ・チームに入って、毎日、学業、レッスン、アルバイトという生活をしてでも、貸し切りのライブを実現したいというくらい、「アイドル」というものに憧れている。

ふつうの中国人なら、どう考えてもそこまで頭が良ければ英語の勉強を続けて、海外留学するなりすれば、優良企業に入って豊かで安定した生活が送れると思うだろうに。

でもその選択肢と、「アイドルになる」という選択肢が、彼女の中で完全に同じ価値で並んでいることが、何よりもびっくりする。

中国っていつの間に、こんな国になったんでしょう(笑)。

しかもそういう彼女が、特に好きなアニメは『干物妹!うまるちゃん』で、あんなお兄ちゃんがほしいそうです。(筆者は見たことがないアニメだが、絵を見ればストーリーのゆるさはだいたい想像できる)

80年代の改革開放政策で資本主義化して、ようやく豊かな中産階級が出てきたばかりだと思っていた。

ところが、彼女のような秀才がアイドルにあこがれて北京BEJ48に入って、第二専攻していた外交学まで捨ててしまうという、すでに日本レベルまで成熟した(?)社会になっちゃってる。

いろんな意味で衝撃的な、北京BEJ48チームJ「しーしー(單習文 Shàn Xí Wén( シャン・シーウェン) あだ名: しーしー BEJ48 Team J
 BEJ48 1期生
 01/31安徽省生まれ
)」の経歴でした。

ちなみに彼女のあだ名は漢字では「茜茜(シーシー)」。

筆者も現地ファンの中にも「茜茜(チェンチェン)」と読むんじゃないかと思った人がいたようだが、本人が「シーシー」だと言っているので、「しーしー」が正解。

北京BEJ48チームEプディング(李媛媛)の確実に萌え死ぬオンライン生放送(笑)

SNH48六期生として入団し、北京BEJ48チームEに移籍した、福建省出身のプディング(李媛媛 Lǐ Yuán Yuán( リー・イェンイェン) あだ名: プディング BEJ48 Team E
 SNH48 6期生
 1994/07/01福建省生まれ
)。

最近、運営の方針転換で各メンバーが、運営が開発したスマホアプリ「Pocket48」で始めているオンライン生放送から、2016/10/04のプディング(李媛媛 Lǐ Yuán Yuán( リー・イェンイェン) あだ名: プディング BEJ48 Team E
 SNH48 6期生
 1994/07/01福建省生まれ
)の回をご紹介。

ひとことで言うと、萌え死にます(笑)。

中国語が分からなくても、萌え死にます(笑)。

中国語が少しでもわかると、萌え死んで、二度と生き返れません(笑)。

ポイントは、途中でリコーダーで『キラキラ星』を披露するところ(笑)。

信じられないことに、23歳です(笑)。

SNH48グループ関連の最近のニュースをまとめてご紹介

まだ国慶節の特別公演期間は続いていて、いよいよこれからSNH48第三回総選挙TOP16メンバーの、北京、広州、上海巡回公演が始まる。

まだ「重大発表」はあると思われるけれど、最近ここでお伝えし切れていないSNH48グループ関連ニュースをまとめてご紹介。

SNH48チームNII二期生シャオスー(林思意 Lín Sī Yì( リン・スーイー) あだ名: シャオスー SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1994/04/05浙江省温州市生まれ
)が撮影で劇場公演をずっとお休み中

同じチームNII二期生キクちゃん(鞠婧禕 Jū Jìng Yī( チュー・チンイー) あだ名: キクちゃん SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1994/06/18四川省遂寧市生まれ
)もそうだが、SNH48の仕事よりも、一人でドラマや映画の撮影のほうがはるかに忙しいメンバーの一人が、シャオスー(林思意 Lín Sī Yì( リン・スーイー) あだ名: シャオスー SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1994/04/05浙江省温州市生まれ
)。第三回総選挙13位。

彼女は入団前から演劇専攻で、SNH48入団後もリアリティーショー番組に出演して、ハイレベルな演技を見せていた。

シャオスー(林思意 Lín Sī Yì( リン・スーイー) あだ名: シャオスー SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1994/04/05浙江省温州市生まれ
)は当然、SNH48第三回総選挙TOP16の巡回公演のメンバーだが、甘粛省・敦煌で撮影があって不参加になりかけたところ、スタッフに頼んで自分の撮影日程を後ろにずらして巡回公演に参加できるようになった。(彼女はInstagramでしか、このあたりの内情をツイートしていない)

ところがスタッフから連絡があり、敦煌まで撮影に行くため、やっぱり巡回公演に参加できなくなったとのこと。

と思ったら昨日2016/10/02の中国ツイッター(新浪微博)公式アカウントで、巡回公演のリハーサルに参加している写真をツイートしていたので、やはり参加できるようになったようだ。

それだけ劇場公演を大切に思ってくれているということだろう。

彼女は入団前はAKB48系グループはもちろん、日本のポップカルチャーの知識もほとんどなかった。

けれど、起源がAKB48かどうかにかかわらず、小さな劇場でファンの声援を受けながらパフォーマンスすることに、やりがいを感じているのだとしたら、SNH48フォロワーとしてこんなにうれしいことはない。

SNH48運営開発のスマホアプリ「Pocket48」のオンライン生放送が多すぎ!

運営会社の方針変更(?)でスマホアプリ「Pocket48」を使ったメンバーのオンライン生放送が本格的に始まったことは、以前ここでもお伝えしたとおり。

しかし予想以上に放送頻度が高い!

中国語があまり分からなくても、例えばSNH48チームHII三期生メンバーが5、6人いる中に、チームNII三期生のチャーチャー(張雨鑫 Zhāng Yǔ Xīn( チャン・ユーシン) あだ名: チャーチャー SNH48 Team NII
 SNH48 3期生
 1994/03/01湖南省生まれ
)が混じっている生放送とか、SNH48チームXII五期生ハムスター(嚴佼君 Yán Jiǎo Jūn( イェン・チャオチュン) あだ名: ハムスター(小倉鼠) SNH48 Team XII
 SNH48 5期生
 1995/04/29湖北省生まれ
)お得意のギター弾き語り生放送とか、見ているだけで面白くて、ついつい夜更かししてしまう。

一度に三本、同時並行で生放送されたり、これでは体がもちません(汗)。

上海SNH48七期生、北京BEJ48一期生、広州GNZ48一期生

お披露目されたのは少し前になるけれど、上海SNH48七期生は計13名。すでに公演デビューしているメンバーもいる。

北京BEJ48一期生は計20名。こちらもすでに公演デビューしているメンバーがいる。

広州GNZ48一期生は今のところ4名。この国慶節連休中に、チームZが発表されるのではと、戦々兢々だけれど。

もうそろそろ全メンバーの顔と名前を覚える努力をするのは、やめようと思う。筆者は顔と名前が一致するのはSNH48チームXII五期生まで。

それでも、SNH48七期生、北京BEJ48一期生、広州GZN48一期生から、独断と偏見でメンバーをご紹介して行きたいと思っているので、乞うご期待。

ちなみにこのブログのいちばん上、「全メンバー画像集」リンクには、公式写真は全員すでに載せてある。

広州GNZ48チームG、チームNIIIのキャプテン、副キャプテン発表

北京BEJ48チームB、チームEのキャプテン、副キャプテンは2016/09/15にすでに発表されている。

北京BEJ48チームB
キャプテン:いーしゃん(段藝璇 Duàn Yì Xuán( ドァン・イーシェン) あだ名: いーしゃん BEJ48 Team B
 SNH48 5期生
 1995/08/19湖南省生まれ

副キャプテン:劉姝賢 Liú Shū Xián( リョウ・シューシェン) あだ名: ミルク(小牛奶) BEJ48 Team B
 SNH48 6期生
 1994/04/16山東省棗莊市生まれ
(リョウ・シューシェン)

北京BEJ48チームE
キャプテン:李想 Lǐ Xiǎng( リー・シャン) BEJ48 Team E
 SNH48 6期生
 1994/02/05北京生まれ
(リー・シャン)
副キャプテン:シャオシュー(劉勝男 Liú Shèng Nán( リョウ・シェンナン) あだ名: シャオシュー BEJ48 Team E
 SNH48 6期生
 1997/09/09湖北省生まれ

そして国慶節に発表された広州GNZ48チームG、チームNIIIのキャプテン、副キャプテン。

ライオン(曾艾佳 Zēng Ai Jiā( ツォン・アイチャー) あだ名: ライオン GNZ48 Team G
 SNH48 5期生
 1995/07/11四川省生まれ
)は、まだ上海SNH48チームXIIにいた頃、デビュー公演を見たときに「キャプテンっぽい」と思っていたけれど、CK(陳珂 Chén Kē( チェン・コー) あだ名: CK GNZ48 Team G
 SNH48 5期生
 1995/08/09湖南省生まれ
)説も捨てきれなかった。

副キャプテンのキツネ(高源婧 Gāo Yuán Jìng( カオ・ユェンチン) あだ名: キツネちゃん GNZ48 Team G
 SNH48 5期生
 1999/07/06山東省生まれ
)はちょっと驚き。キャラが濃いのはわかるけれど、まだ17歳だし。でも副キャプテン発表のとき、同時にGNZ48一期生も紹介されたが、そのときの先輩らしい堂々とした感じで、見直してしまった。なるほど、という感じ。

広州GNZ48チームG
キャプテン:ライオン(曾艾佳 Zēng Ai Jiā( ツォン・アイチャー) あだ名: ライオン GNZ48 Team G
 SNH48 5期生
 1995/07/11四川省生まれ

副キャプテン:キツネ(高源婧 Gāo Yuán Jìng( カオ・ユェンチン) あだ名: キツネちゃん GNZ48 Team G
 SNH48 5期生
 1999/07/06山東省生まれ

チームNIIIのキャプテンがミッフィー(劉力菲 Liú Lì Fēi( リョウ・リーフェイ) あだ名: ミッフィー GNZ48 Team NIII
 SNH48 6期生
 1995/10/30四川省生まれ
)というのは、たぶん誰もが予想していた順当な線。副キャプテンがチェンチェン(劉倩倩 Liú Qiàn Qiàn( リョウ・チェンチェン) あだ名: チェンチェン GNZ48 Team NIII
 SNH48 6期生
 1994/11/28福建省生まれ
)になったのは、たぶん年齢だろうと思う。1994/11/28生まれでもうすぐ22歳。ミッフィー(劉力菲 Liú Lì Fēi( リョウ・リーフェイ) あだ名: ミッフィー GNZ48 Team NIII
 SNH48 6期生
 1995/10/30四川省生まれ
)は1995/10/30生まれでもうすぐ21歳。

ナオナオ(盧靜 Lú Jìng( ルー・チン) あだ名: ナオナオ GNZ48 Team NIII
 SNH48 6期生
 1994/11/05福建省生まれ
)も1994/11/05生まれでもうすぐ22歳だが、キャラ的に大人しいので、たしかにチェンチェン(劉倩倩 Liú Qiàn Qiàn( リョウ・チェンチェン) あだ名: チェンチェン GNZ48 Team NIII
 SNH48 6期生
 1994/11/28福建省生まれ
)副キャプテンというのは妥当かも。

広州チームNIII
キャプテン:ミッフィー(劉力菲 Liú Lì Fēi( リョウ・リーフェイ) あだ名: ミッフィー GNZ48 Team NIII
 SNH48 6期生
 1995/10/30四川省生まれ

副キャプテン:チェンチェン(劉倩倩 Liú Qiàn Qiàn( リョウ・チェンチェン) あだ名: チェンチェン GNZ48 Team NIII
 SNH48 6期生
 1994/11/28福建省生まれ

広州GNZ48チームG、チームNIIIの制服が一新

お気づきの方もいらっしゃると思うけれど、広州GNZ48チームG、チームNIIIの制服がリフレッシュされた。

チームGキャプテン・ライオン(曾艾佳 Zēng Ai Jiā( ツォン・アイチャー) あだ名: ライオン GNZ48 Team G
 SNH48 5期生
 1995/07/11四川省生まれ
)と、チームNIIIキャプテン・ミッフィー(劉力菲 Liú Lì Fēi( リョウ・リーフェイ) あだ名: ミッフィー GNZ48 Team NIII
 SNH48 6期生
 1995/10/30四川省生まれ
)の公式写真でどうぞ。

小さな帽子付きで、そうとう可愛くなっている。SNH48グループ全体の衣装のレベルは、結成当初と比べると「雲泥の差」、はるかにファッショナブルかつ可愛くなってきている。

SNH48チームNII二期生デビュー公演の衣装なんて、今見たらもう…言葉を無くします(汗)。

以上、ご紹介できていなかったニュースをまとめてご紹介しました。