SNH48運営がななし(馮薪朵)のバラエティー番組『勝利的遊戯』でやらかしたかもしれないという現地ネタ

SNH48運営がちょっとやらかしたらしい、という現地ネタ。

SNH48二期生チームNIIななし(馮薪朵 Féng Xīn Duǒ フォン・シントゥオ あだ名: ななし SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1992/01/24遼寧省大連市生まれ
)が自分の中国ツイッター(新浪微博)のツイートに、以下のようにコメントしている。


あとで公式サイトで告知があると思うけど、やっぱりちょっと状況を説明しておくね。みんなが心配しないように。さっき聞いたらだいたいこういうことだった。11月に一日外で仕事があって、バラエティー番組と同じ日だった。それでバラエティー番組をやめたということ。私の運が悪いのかもね。でも好事魔多し、よいことはとかく邪魔が入りやすいって言うし、この番組がなくなってもまた次の面接に行けばいいんだよ。今後仕事のスケジュール調整でこんなことが起こらないでほしいっていうだけ。ファンのみんながずっと期待してたから」


その一日の仕事が先に決まってたから、別の人に換えられなかった。バラエティー番組の方は一回でも私が欠席しちゃダメだった…わぁ、私ってほんとにひっぱりダコで大忙しの人だね。

ポイントは、このコメントの最後が「思考」の顔文字で終わっていること。つまり、ななし(馮薪朵 Féng Xīn Duǒ フォン・シントゥオ あだ名: ななし SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1992/01/24遼寧省大連市生まれ
)自身も運営の説明をちょっと疑っているようだ。

何が起こったのかというと、ななし(馮薪朵 Féng Xīn Duǒ フォン・シントゥオ あだ名: ななし SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1992/01/24遼寧省大連市生まれ
)の出演が決まったバラエティー番組『勝利的遊戲(勝利のゲーム)』の第一回の収録日と、それより先に決まっていた一日営業の仕事の日が重なってしまったということ。

SNH48運営会社は、一日だけの営業の仕事を優先して、おそらくワンクール3か月にわたって出演できるはずだったバラエティー番組『勝利的遊戲(勝利のゲーム)』をやめることを選択した。

この情報が現地のななし(馮薪朵 Féng Xīn Duǒ フォン・シントゥオ あだ名: ななし SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1992/01/24遼寧省大連市生まれ
)ファンに伝わって、SNH48運営がすごい勢いで叩かれている、というネタ。

そして何と、現地ファンがバラエティー番組のディレクターに直接連絡して、SNH48運営会社とあらためて協議してもらうように掛け合ったらしい。ものすごい行動力!

そのファンの中国ツイッター(新浪微博)のツイートは下記のとおり。
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SNH48七期生を気まぐれにご紹介:チームNIIの韓流美女YooYoung(劉瀛)

SNH48七期生を気まぐれにご紹介。(というより自分が顔と名前を一致させるのが目的かも…)

チームNII七期生のYooYoung(劉瀛 Liú Yíng リョウ・イン あだ名: yooyoung SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 02/08湖北省生まれ
)。「Yoo Young ユ・ヨン」は「劉瀛 Liú Yíng リョウ・イン あだ名: yooyoung SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 02/08湖北省生まれ
」の韓国語読み。

中国の若い女性としては主流の、韓国風メイクの美人であることには間違いない。(もちろん日本風ナチュラル・メイクはメインストリームじゃないという意味)

ただの「顔面偏差値」担当ではなくて、ある程度安定した歌唱力もあることが、下の動画で分かる。

ギターを弾いているのは、中国の動画サイトに松本孝弘の『華』のエレキギターソロ曲をエレキギターでカバーした動画をアップしている、チューツ(劉菊子 Liú Jú Zǐ リョウ・チューツ あだ名: チューツ SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 12/12湖北省武漢生まれ
)。

チューツ(劉菊子 Liú Jú Zǐ リョウ・チューツ あだ名: チューツ SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 12/12湖北省武漢生まれ
)の方はどちらかというと、中国の保守的な美少女といった感じかも。

SNH48チームNIIに入団した七期生は、先日ご紹介したヤーヤー(張雅夢 Zhāng Yǎ Mèng チャン・ヤーモン あだ名: ヤーヤー SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 1996/04/21雲南省生まれ
)といい、このYooYoung(劉瀛 Liú Yíng リョウ・イン あだ名: yooyoung SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 02/08湖北省生まれ
)といい、「顔面偏差値」担当が目立つような気がする。

まずヤーヤー(張雅夢 Zhāng Yǎ Mèng チャン・ヤーモン あだ名: ヤーヤー SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 1996/04/21雲南省生まれ
)をおさらいしておく。

だれ?と一瞬思ってしまうが、これはヤーヤー(張雅夢 Zhāng Yǎ Mèng チャン・ヤーモン あだ名: ヤーヤー SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 1996/04/21雲南省生まれ
)が学校の制服を着ている写真。写真に修正がたっぷり入っていることもあるけれど、ちょっとAKB48系の主流からはかけ離れた、レベル違いの美形。

中国にはキャビン・アテンダント養成学科のある大学が、かなりたくさんあるらしい。

上海の名門大学、上海交通大学や、SNH48メンバーも何人か通っている浙江伝媒学院、北京大学、北京電影学院などにも、キャビン・アテンダント養成学科がある。(こちらの「中国優秀航空院校学生募集」ページを参照

そして、今回ご紹介したYooYoung(劉瀛 Liú Yíng リョウ・イン あだ名: yooyoung SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 02/08湖北省生まれ
)。

なんていうか、もう完全に韓流美女。

そのうち現地の誰かが、有りもしない「黒歴史」をあばいて、「整形してる!」と騒ぎ出すパターンにならないかと、心配になるくらい、ヤーヤー(張雅夢 Zhāng Yǎ Mèng チャン・ヤーモン あだ名: ヤーヤー SNH48 Team NII
 SNH48 7期生
 1996/04/21雲南省生まれ
)と同じく整った顔立ち。

SNH48運営は、SNH48チームNIIにこういうメンバーを入れることで、いったい何を狙っているんでしょうね。いろいろと興味深いです(汗)。

SNH48 AnriさんYouTubeチャンネルより日本語字幕付きTeam HII公演MC「初めまして、上海の前田敦子です」

SNH48劇場公演MCに日本語字幕をつけてUPして下さっているSNH48 AnriさんのYouTubeチャンネルから、SNH48チームHIIの2016/08/18『アイドルの夜明け』公演MCから。

こういうMCを見ると、心の底からこのスピードの中国語が聴き取れたらなぁと(笑)。

SNH48 AnriさんのYouTubeチャンネルには、他にも日本語字幕付きのSNH48動画がたくさんあって必見!

SNH48 AnriさんのYouTubeチャンネル

ちなみに上の動画、メンヤン(許楊玉琢 Xǔ Yáng Yù Zhuó シューヤン・ユーチュオ あだ名: メンヤン SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1995/09/25湖南省生まれ
)が言った「求張昕 Zhāng Xīn チャン・シン あだ名: ナナコ SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1995/10/19広東省生まれ
的心理陰影面積」を、「ナナコのトラウマの面積を求めなさい」と訳してくれているところが、とっても良心的。

この「求心理陰影面積」は中国のネットで流行った表現で、もとは算数や数学でよくある「この図形の影をつけた部分の面積を求めなさい」という問題。

その「影の部分」を、何か悲しいことやつらいことがあったときの、心の影の意味に変えて、悲しいことやつらいことがあった人がどれだけショックを受けてるか考えてみなよと、冗談で言う表現。

上の動画の場合は解説しなくても、ナナコの「トラウマの面積」の理由はわかりますよね(汗)。

北京BEJ48チームJ「しーしー(單習文)」は2年飛び級で大学合格の秀才なのにラブライブのコス団からBEJ48

北京BEJ48一期生(上海SNH48七期生と同期相当)の中に一人、すごいメンバーを発見。

北京BEJ48に新しく結成されたばかりのチームJ、しーしー(單習文 Shàn Xí Wén シャン・シーウェン あだ名: しーしー BEJ48 Team J
 BEJ48 1期生
 01/31安徽省生まれ
)。安徽省出身。

彼女の中国ツイッター(新浪微博)公式アカウント2016/10/05 13:07のツイートの自己紹介長文を読むと、びっくりします。

以下、日本語試訳。


私の名前は「習文(シーウェン)」、年下のいとこの名前は「習武(シーウー)」、年上のいとこの名前は「習斌(シービン)」。これってホントあはは。

小さい時自分の名前は好きじゃなかった。ストレートすぎるから。まるで生まれた最大の目的はしっかり勉強することみたい。そのとき密かに思ってたのは「羽」「妍」「莎」とか女の子っぽくて響きのいい名前が好きだってこと。

実は名前ってやっぱり不思議なもので、16歳までの私はふつうの大人しい「あの娘を見てご覧なさい」的な女の子で、家と、学校と、本屋の3か所を行き来するだけ。いま思い返すと16歳までの私の人生は本当の意味で……しっかり勉強すること以外は何もしてなかった……

名前はやっぱり私の……テストの成績にも……影響力があった。

16歳で私は大学入試に参加して、安徽省滁州地区の文系で11位。それから北京に来ることを選んだ。16歳は実は少し年齢が小さいし、大学入試で希望学科を記入するとき、やけくそで英作文を書き直して15点引かれて英語学科を選んだ。(訳注:この文の意味がよく分からない)

事実が証明してくれた……やっぱり好きなことを選ぶのがいちばん重要だよ。友だちと大学というこの小さな社会に馴染み始めたあと私はだんだんと……ヲタク女子に変わっていった。

オタク女子の生活って……講義に出る以外は宿舎の寝室にずっといて、友だちも不思議なほど少なくて……「私は誰?ここはどこ?」っていうふうに途方にくれた頃もあった。

私の大学生活は無味乾燥なもので、年齢が小さくて、学業では秀才に取り囲まれた中では普通の人としか言えなくて、自己否定して、なりふり構わず、チャンスをたくさん逃した。

いちばんそれがよく分かる例は……大学に入っても、お父さんやいとこのお兄さん以外に男性と手をつないだこともなかった……今みたいに中学生でも恋をする時代に……私ってぜったい希少動物だよね……

でもチャンスが巡ってきてある日、私はコミケに参加した。

私の二次元に対する気持ちは実は濃くもあり薄くもあり、長い長い「しっかり勉強」の日々も、アニメを見たり、こっそりコスプレ掲示板を見たり、同人サークルの掲示板を見たり。

誇張なしに言って、10年来私が唯一リラックスして慰められることだった。でも一度も強烈だったことはなくて、生活にまで入り込んでくることもなかった。グッズも買わないし、サークルのことも分からなかった。私は二次元少女と言えないかもしれない。

そしてそのときのコミケで、私はたまたま小さな舞台で輝いている女の子たちを目にした。

彼女が私に聞いた。ねぇ、「安利」って聞いたことある?(訳注:この「安利」の意味は不明。安利美特(アニメイト)のことか、単に「宣伝する」「売り込む」の意味か)

彼女たちは別名「キンキラキン」の衣装を着てAKB48の『ヘビーローテーション』を踊っていた。そのとき私は本当にぼーっとしてしまった。舞台上の彼女たちが本当に輝いてて、ほんとうに超かわいかった!

それから私はお手洗いに行って、ふと顔をあげるたとき、横でメイクを落としている隊長と目が合ったの。それから彼女が言ったのは「お嬢ちゃん、ラブライブって知ってる?人が足りないから来ない?」

私はもちろんラブライブは知ってたから、その後私も小さな舞台でダンスする女の子の一人になった。

実は自分ですごく楽しくて、ときどきなんの報酬もなかったり、基本的に自腹でお金を出して、最初私たちは解散しても仕方ない、っていう時もあった。

そのころラブライブのダンスチームはたくさんあって、それぞれ目標を持っていたけれど、私たちの目標は、私たちだけで、私たちの公演をやって、それからすぐに解散すること、それしかなかった。

でもこの小さな目標はぜんぜん簡単じゃなかった。万単位の会場費や、見に来てくれる応援団のファンのみんなは?

この目標に向けて一年間歩んだ。

その一年間、私は週末を全部レッスンにあてて、私の生活は講義に出て、寝室にずっといて、レッスンをする、というふうに変わった。

実はぜんぜん基礎がなくて唯一取り柄といえば笑顔。でも楽しかった。高坂穂乃果になったり、矢澤にこになったり、南ことりになったり。

舞台を降りると普通だけど、舞台に上がった瞬間、応援の声がどんどん大きくなるのが聞けるし、そばにいる仲間たちの笑顔が見られる。それで十分だった。

ファンの人たちに見に来てもらうために、私たちはコンテストに参加したり、MVを制作したり、私もコスプレ写真の撮影を手伝ったり、撮影スタジオのモデルになったり、漢服店のモデルをやったり、大企業の営業を受けたりした。あまり好きじゃないときもあったけど。

チケットの値段を安くするためと、衣装を買うために、みんな絶えず営業の仕事を受けて、レッスン以外は営業の仕事という生活だった。

それから私は学業の上で最大の困難に出会った。貸し切りでレッスンをする半年近くの間、大半は北京にいなくて、すごく大事な南ことりのポジションを一か月引き伸ばしてしまった後、私はやめることを選んだ。

でもそれは私が見た中で完全にゼロから作り上げた、いちばんすごい貸し切りのステージだった。私は楽屋から海のようなスティックライトと、とどろくようなコールを見て、一人でしくしく泣いてた。

最後までいっしょにやり切れなかった後悔と自責。この一年、私にいちばん貴重な友情をくれた仲間たちの期待にこたえられなかったこと。

私は大きな輝きの一つひとつが簡単じゃないことを知った。ソロ曲のときメンバーの目に涙があふれるのが分かった。私は泣き虫だから、私ならきっとそのまま泣き出したと思う。

その後BEJ48が北京に出来て、初演のチケットが取れなかった後、やっとチケットを買うことができた。私はいちばん後ろの列で公演を最後まで見た。

その感覚はどう言えばいいんだろう。まるで私が初めて『ヘビーローテーション』を見たあの午後のような感じ。あの心残りだった貸し切り公演のときのような気持ち。

実は先輩たちのダンスは私たちが最初趣味でやってたようなダンスよりはるかに上手いんだけど、でもあの何とも言えない感動は同じだった。

私はコールの声に囲まれながらBEJ48に応募する決心をした。

最後は?私が見たあの『シアターの女神』公演のように「ついに私はここに立った」


本当にびっくりする。

翌日、2016/10/05の彼女のツイートによれば、彼女の専攻は英語。第二学位として二年間外交学を学んだが、BEJ48入団後は辞退、第一専攻の英語だけにしたらしい。

日本よりはるかに強烈な学歴社会の中国で、2年飛び級の16歳で大学に合格した秀才の彼女が、コミケの『ヘビーローテーション』で雷に打たれたように感動する。

そしてラブライブのコスプレ・チームに入って、毎日、学業、レッスン、アルバイトという生活をしてでも、貸し切りのライブを実現したいというくらい、「アイドル」というものに憧れている。

ふつうの中国人なら、どう考えてもそこまで頭が良ければ英語の勉強を続けて、海外留学するなりすれば、優良企業に入って豊かで安定した生活が送れると思うだろうに。

でもその選択肢と、「アイドルになる」という選択肢が、彼女の中で完全に同じ価値で並んでいることが、何よりもびっくりする。

中国っていつの間に、こんな国になったんでしょう(笑)。

しかもそういう彼女が、特に好きなアニメは『干物妹!うまるちゃん』で、あんなお兄ちゃんがほしいそうです。(筆者は見たことがないアニメだが、絵を見ればストーリーのゆるさはだいたい想像できる)

80年代の改革開放政策で資本主義化して、ようやく豊かな中産階級が出てきたばかりだと思っていた。

ところが、彼女のような秀才がアイドルにあこがれて北京BEJ48に入って、第二専攻していた外交学まで捨ててしまうという、すでに日本レベルまで成熟した(?)社会になっちゃってる。

いろんな意味で衝撃的な、北京BEJ48チームJ「しーしー(單習文 Shàn Xí Wén シャン・シーウェン あだ名: しーしー BEJ48 Team J
 BEJ48 1期生
 01/31安徽省生まれ
)」の経歴でした。

ちなみに彼女のあだ名は漢字では「茜茜(シーシー)」。

筆者も現地ファンの中にも「茜茜(チェンチェン)」と読むんじゃないかと思った人がいたようだが、本人が「シーシー」だと言っているので、「しーしー」が正解。

北京BEJ48チームEプディング(李媛媛)の確実に萌え死ぬオンライン生放送(笑)

SNH48六期生として入団し、北京BEJ48チームEに移籍した、福建省出身のプディング(李媛媛 Lǐ Yuán Yuán リー・イェンイェン あだ名: プディング BEJ48 Team E
 SNH48 6期生
 1993/07/01福建省生まれ
)。

最近、運営の方針転換で各メンバーが、運営が開発したスマホアプリ「Pocket48」で始めているオンライン生放送から、2016/10/04のプディング(李媛媛 Lǐ Yuán Yuán リー・イェンイェン あだ名: プディング BEJ48 Team E
 SNH48 6期生
 1993/07/01福建省生まれ
)の回をご紹介。

ひとことで言うと、萌え死にます(笑)。

中国語が分からなくても、萌え死にます(笑)。

中国語が少しでもわかると、萌え死んで、二度と生き返れません(笑)。

ポイントは、途中でリコーダーで『キラキラ星』を披露するところ(笑)。

信じられないことに、23歳です(笑)。