SNH48チームHII副キャプテンうさぎ(吳燕文)の地元河南省鄭州ファンによる詳細なプロフィール

SNH48チームHII三期生うさぎ(吳燕文 Wú Yàn Wén ウー・イェンウェン あだ名: ウサギ SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1994/10/18河南省生まれ
)について、地元河南省のファンが書いた長い紹介文に、知らなかったことがたくさん書いてあり、非常に興味深かったので、要約でご紹介。

原文はこちらの「女神ファン|河南工業大学出身のSNH48メンバー、作詞も演技もできる美女(2016/09/02)

タイトルにもあるようにうさぎ(吳燕文 Wú Yàn Wén ウー・イェンウェン あだ名: ウサギ SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1994/10/18河南省生まれ
)は河南省の河南工業大学在学中とのこと。

身長168cm。それでもチームHIIの中でとくに背は高く見えない。

15歳のとき鄭州で、中華圏でトップクラスの人気ロックバンド、メイデイ(五月天)のコンサートを初めて見て、新しい世界が開け、彼女の心の中で密かにある気持ちが呼び覚まされた、とある。

子供の頃から活発で演技好きな女の子で、身近な人たちのマネをして「開心果」と呼ばれていたらしい。文字どおりにはピスタチオの意味だが、明るくて面白い人という意味。

親の意向で民族舞踊を習いに行かされたことで、パフォーマンスの才能が刺激されたとのこと。

中学高校は河南省実験中学で成績優秀。高校時代に文学創作、記者、モデル、学校のパーティーの司会、弁論大会での最優秀賞、自作自演の短編ムービー制作など、さまざまな活動をしていたらしい。

大学での専攻は放送テレビニュース科。大学一年生で学校のイメージPR映像制作を担当し、自ら出演した演技で教授や同学生たちに認められた。

その後も先輩たちの制作する短編映画作品に出演し、演技することにますます興味をもったとのこと。

同じく大学一年のとき、たまたまチャンスがあって『中国夢の声』というオーディション番組の鄭州予選に出場、いい経験ということで参加してみたところ、以外にも鄭州予選のトップ10人に選ばれ、最後には中国全国のトップ200に入選したらしい。

そのおかげで、北京工人体育館の舞台でパフォーマンスするチャンスを得て、経験豊富な他の出場者たちの前ではまだ未熟だったけれど、このチャンスを得たおかげで、さらに自信を持つことが出来たとのこと。

大学一年生の下半期に、大学の台湾交換留学プロジェクトに参加し、台北中国文化大学へ。

この台湾での大学生活で、彼女はパフォーマンスの面で密かに計画していたとおり、わざわざ「国劇」系パフォーマンス学科を選択したらしい。

ところが、この学科を受講するとき、初めて台湾の「国劇」学科が京劇を意味することを知って、半年間、微妙な気持ちで京劇のパフォーマンスを学んだとのこと。

この部分は、たぶんうさぎ(吳燕文 Wú Yàn Wén ウー・イェンウェン あだ名: ウサギ SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1994/10/18河南省生まれ
)は「国劇」のことを「中国国内の電視劇(テレビドラマ)」のことだと勘違いしていたという意味だと思う。ところがじっさいには中国伝統演劇のことだったという、勘違い(笑)。

ただ、半年間の台湾滞在で得た、人情の温かさは、台湾の魅力として彼女の心に残ったらしい。

そしてSNH48三期生に応募、初回選考、二次選考、上海での最終選考と進み、合格通知を受け取ったときは詐欺にあったと思い込んで、何度も何度も確認して、やっと信じたとのこと(笑)。

家族に知らせないままで、お金もなかったので、初回選考では鄭州から会場の杭州まで、100人民元強(2,000円弱)の列車の二等席で、10時間以上かけて参加。当時3万人余りの応募者の中から、三期生30数人に選ばれた。

公演デビューしてからは、中国ツイッター(新浪微博)のダイレクトメッセージで、応援の言葉も、中傷の言葉も受けて、最初はかなり落ち込んでいたらしい。

デビュー前の自撮り写真の印象と、公演のオンライン生放送での印象が、かなり違ったことで、だいたい中傷の内容は想像できる。

ただ、その後SNH48チームHIIの副キャプテンに選ばれたことで、チームメンバーとともに前進する意志を固めたとのこと。

その後の彼女の活躍は、ここでもご紹介したとおり。

SNH48オリジナル曲、実際にはスキーター・デイヴィス『The End Of The World』の改編曲の『星夢の光』の作詞を担当。SNH48に出資している投資会社「創新工場」のトップ李開復氏から、歌詞の内容を賞賛された。

SNH48入団後、一年間の休学を経て、去年2015/09に再び大学に戻り、月曜から木曜までは鄭州で通学、金曜から日曜までは上海のSNH48星夢劇院で公演という生活。

SNH48活動で多忙中にもかかわらず、大学で自ら監督、編集、出演した短編CMの学生コンテストで、河南省全体の三等賞を獲得。

SNH48での作詞活動では、『Amazing Grace』の改編曲『夢よ高く飛べ(夢想高飛)』、『You Raise Me Up』の改編曲『翼をそろえて(比翼齊飛)』の作詞を手がけたことは、ここでもご紹介したとおり。

今の彼女の最大の希望は、来年2017年に大学を無事卒業して、芸能活動の夢の実現に向けて着実に前進できるようになること。

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中国2ちゃんねる的掲示板で秒殺されたスレッドからの拾い物、全メンバーの生まれ年

中国の2ちゃんねる的な掲示板「百度貼吧 バイドゥてぃえば」でたまたま見つけた下図の表。

これを見ながらメンバーデータのXMLファイルの生年月日を更新していたら、いつの間にかスレッドが削除されたので、あわてて画像だけ保存。記念にここに掲載しておきます(汗)。

上海SNH48、北京BEJ48、広州GNZ48の現時点の全メンバーで、最年少は2003年生まれ、最年長は1990年生まれ。

じっくり見ていくと「ええっ!あのメンバーとあのメンバーが同じ年なのか!」とか、「なるほど舞台で堂々としているわけだ」とか、「やっぱりチームのキャプテンは年上が適任なんだなぁ」とか、いろいろ発見がある。

ぱっと見、当たり前だけれど、明らかにSNH48チームSII、チームNIIの色が左に寄っている(つまり平均年齢が高い)。

北京BEJ48チームBも平均年齢が意外に高めだけれど、全体的にお姉さんチームという印象があるので「なるほど」と思ったり。

それに対して、広州GNZ48チームGの平均年齢の低さ。

いろいろ興味深い一覧表。

広州GNZ48の話題:チョウチョウ(王馨悅)退団、カレー(杜雨微)新公演選抜から落選

広州GNZ48チームGのチョウチョウ(王馨悅 Wáng Xīn Yuè ワン・シンユエ GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 1994/07/19雲南省生まれ
)が退団する、というよりすでに退団したらしい。

中国の2ちゃんねる的な掲示板「百度貼吧 バイドゥてぃえば」のGNZ48掲示板では、すでに応援会が明記しているけれど、GNZ48メンバーのツイートでいちばんはっきり分かるのは、akuma(周倩玉 Zhōu Qiàn Yù チョウ・チェンユー あだ名: akuma GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 2000/04/18四川省生まれ
)の2016/09/03 10:24の下図のツイート。

チョウチョウ(王馨悅 Wáng Xīn Yuè ワン・シンユエ GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 1994/07/19雲南省生まれ
)と彼女のツーショットをメインにした写真の中央に、何かのマンガの引用(筆者はマンガを読まないのでわかりません)と「永遠に私といっしょ。拒絶する権利はないよ。」というキャプションが付けられている。

チョウチョウのあだ名「球球(チョウチョウ)」は胸が大きいという意味で、文字どおり胸が大きいことが彼女の特長の一つだったけれど、同時にGNZ48の中でも最も高学歴な才女の一人。

なので今回の彼女の決断は、広州GNZ48にとって、残念だけれど納得がいくものらしい。GNZ48以外の場所でも十分活躍できる才能を持っているという意味で。

例によって卒業公演も何もなく、もう舞台には上がらないらしい。ちなみに上のakuma(周倩玉 Zhōu Qiàn Yù チョウ・チェンユー あだ名: akuma GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 2000/04/18四川省生まれ
)のツイートに添えられていた音楽は、ニコニコ動画出身のシンガー・ソングライター伊東歌詞太郎さんの『さよならだけが人生だ』。

*) 2016/09/04追記:その後、2016/09/03広州駅でファンが王馨悅 Wáng Xīn Yuè ワン・シンユエ GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 1994/07/19雲南省生まれ
を見送っている動画がネットにアップされたので転載しておく。彼女が自己紹介のキャッチフレーズを言って、ファンが答える場面と、最後にハイタッチでお別れする場面。

それから、こちらは退団の話ではないが、SNH48五期生からGNZ48チームGに移籍したカレー(杜雨微 Dù Yǔ Wēi ドゥー・ユーウェイ あだ名: カレー GNZ48 Team G
 SNH48 5期生
 1999/03/17山東省生まれ
)が、GNZ48新公演の選抜メンバーから外れるとのこと。

本人が2016/08/30 20:56の自分の中国ツイッター(新浪微博)のツイートのコメントの中で、しかも添付画像ツイートという凝った方法で告白している。
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大やけどで療養中のSNH48チームNII二期生エンジェル(唐安琪)順調に回復で視力矯正手術

大やけどで療養中のSNH48二期生チームNIIエンジェル(唐安琪 Táng Ān Qí タン・アンチー あだ名: エンジェル SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1992/09/07湖北省生まれ
)が1週間ぶりのツイート。かなり回復は順調のようで何より!

日本語試訳しておく。


みなさんこんにちは、わたし自分でご飯食べられるし、ふつうに歩いて動けるよ。わたし昨日また手術をした、でも小さな手術だよ—-近視矯正手術。

今の医学は本当にすごく先進的。まず右目の矯正をして、手術はとっても順調、今日病院に行って再検査したら、今日の視力は1.2になってた!!!

今回は、本当にうれしい、すぐに左目の矯正手術の準備もするよ。これからは歌を歌うのも、ダンスをするのももうコンタクトを入れなくていいから、とてもうれしい。

みなさんずっと励ましと応援をくれてありがとうございます。私の手術担当医師の廉井財教授もありがとうございます。私にまったく新しい視力と、新しい視界を下さってありがとうございます。私も努力して頑張ります。


最初の方の一人称が「宝宝」になっているところに、気持ちの余裕を感じる。「宝宝」は赤ちゃんに呼びかけたり、小さな子供が自分自身を呼ぶときにつかう言葉。

日本語で言えば、たとえば佐藤安子という名前なら、自分で自分を「安子ちゃんね」と呼ぶ感じ。

近視矯正手術は、たぶんレーシックに類するものだと思うけれど、コンタクトレンズで移植したまぶたに負担をかけないためだろうか。いずれにせよ、こういう手術をしても副作用や体調が悪くなる心配がまったくないくらい、回復しているということだろう。

*)2016/09/02追記:本人のツイートによれば、ICLのインプラント手術とのこと。小さなレンズを水晶体の前に埋め込むものらしい。詳しくはGoogle検索してみて下さい。

SNH48チームHII三期生スーキー(王柏碩)総監督ladybaby『ニッポン饅頭』替え歌MV『淮海路暴走事件』

SNH48チームHII三期生スーキー(王柏碩 Wáng Bǎi Shuò ワン・バイシュオ あだ名: スーキー(Sukey) SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1997/12/12山東省済南市生まれ
)が定期的にアップしている短編動画シリーズ『小王説事』。

もとは、彼女がSNH48運営会社社長の王子傑と同じ姓であることから、じつは王子傑の娘、という設定で、社長やチームHIIメンバーのものまねから始まったこの『小王説事』シリーズ。

セカンドシーズンからは正式に、SNH48運営会社の映像制作子会社STUDIO48の全面バックアップで、スーキー(王柏碩 Wáng Bǎi Shuò ワン・バイシュオ あだ名: スーキー(Sukey) SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1997/12/12山東省済南市生まれ
)が確か大学で先行していたメディア学科(間違っていたらすみません)のお勉強もかねて、本格的な映像制作を始めている。

セカンドシーズンの第一回は、以前ここでスーキー(王柏碩 Wáng Bǎi Shuò ワン・バイシュオ あだ名: スーキー(Sukey) SNH48 Team HII
 SNH48 3期生
 1997/12/12山東省済南市生まれ
)自身が書いた脚本を全訳したように、とっても真面目な内容にいきなり変わった。そのせいで現地ファンにはやや不評だったが、それ以降はもとのお笑い路線にもどって、快調(笑)。

今回はladybaby『ニッポン饅頭』の替え歌で『淮海路暴走事件』、歌詞の中で上海のいろんな街を紹介している。


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