高口康太氏の記事『「AKB48」式アイドルが韓国アイドルより中国で人気の理由』の加筆・訂正

下記リンク先の記事だが、中国の専門家も、専門外のテーマとなると取材対象の「吹牛」に誘導されてしまう典型例なので、筆者なりに「加筆・訂正」してみたい。

『「AKB48」式アイドルが韓国アイドルより中国で人気の理由』(NEWSWEEK日本版 2017/09/02 16:46)

「Idol School」は本土化拒否の地下アイドルグループ

まずテーマ設定からして誤っている。中国ではまだ韓国が主流で日本式アイドルは傍流だ。中国で「追星」(スターの追っかけ)は依然として女性が主流である。

女性が中国大陸の李宇春、周筆暢、台湾のS.H.E、韓国の男性アイドルのEXOやBIGBANG、最近ではジャニーズ系のTFBOYSを追っかけるというのは社会的に受け入れられている。しかし10~30代の男性がスターを追っかけるというのは、いまだに奇異に受けとめられる。

筆者の高口氏がインタビューした「Idol School」の相手は、日本語が堪能な男性運営責任者、中国ツイッター(新浪微博)のアカウント名「海尔凯特」の可能性が高い。

彼は東京大学留学後、上海にもどって一度はSNH48運営会社で働いていたが辞職し、その後「Idol School」を立ち上げている。辞職した理由はSNH48の「本土化」経営では、日本アイドルの正統な後継者になれないと考えたからだ。

「Idol School」運営会社の日本式グループに対する認識は、中国各地の大学にある日本アイドルのモノマネ「社団」の域を出ていない。同系統のアングラな女性アイドルグループとしては「心動偶像補完計画」などがある。

ついでに言うと高口氏が言及している「夏日甜心」は湖南衛星テレビのバラエティー番組と連動した期間限定のアイドルグループ、「蜜蜂少女隊」は韓国式アイドルグループだ。

記事の後半で「デビュー前にスキルを鍛え上げる韓国モデルと、未熟なままデビューして成長をファンに見せる日本モデル」と正しく定義されているが、「蜜蜂少女隊」が韓国式とあり、おそらく高口氏ご本人は両者の区別がついていない。

いずれにせよ高口氏は「Idol School」運営会社に取材することで、今回の記事にあるような誤った結論に誘導されている。

中国の日本式アイドルグループの基礎は「社団」

なぜ、2016年に中国で200以上ものアイドルグループが誕生したのか。それはSNH48が「秋元商法」を導入するまで、中国の企業家はアイドルグループが金になることを知らなかったからだ。

SNH48がデビューする前、中国各地の大学には日本式女性アイドルをコピーする「社団」(サークル活動)が無数に存在した。彼女たちの主な活動の場はいわゆる「コミケ」で、地元の固定ファンも付いており、それら固定ファンはすでに日本の「ヲタ芸」や「MIX」と言われる応援方法を取り入れていた。

200どころではなく中国各地に無数の日本式アイドルコピー「社団」が存在していたが、誰もそれがビジネスになるとは思っていなかっただけだ。

そこへSNH48運営会社がAKB48の正式な支店として「秋元商法」を持ち込んだ。

総選挙の投票券、握手会・サイン会・ツーショット会に参加するための握手券など、「追星(追っかけ)」行為そのものをマネタイズする仕組みで、中国ではそれが今更のように「粉絲経済」と名付けられている。それによって男性「追星」層という、ブルーオーシャン市場が顕在化したのだ。

「粉丝経済」の鍵は信用問題の解決

日本式アイドルグループが事業化されなかった理由は、企業家から見れば上述のように、そんな市場があるとは思いもしなかったことだが、ファンの側から見れば、騙されずに安心して金を払えるかという信用問題だった。

育成系アイドルグループの運営会社にとって最も重要なのは、顧客であるファンに対して「自分がつぎ込んだ金が自分の応援するメンバーに適切に配分される」ことを保証できるかどうかだ。

SNH48運営会社は立ち上げの時期にAKB48の正式な支店だったため、ファンは安心して正統な「秋元商法」に金を使うことができた。

育成系アイドルグループの奇妙な点は、顧客が購入するサービスが「自分が応援するアイドルの成長」という抽象的な満足感だけ、というところだろう。

運営会社の存続は、その一点について顧客から信用されるかどうかにかかっている。騙されたと思えば、顧客は離れる。それが育成系アイドルグループが事業として成立するかとうかの鍵となる。

SNH48以外のアイドルグループが中国で成功しない理由はここにある。顧客がいくら金を落としても、自分の応援するメンバーがいつまでもマイナーな地下アイドルのままであれば、「社団」を応援している方がましだ。

SNH48運営会社なら、たとえば鞠婧禕 Jū Jìng Yī( チュー・チンイー) あだ名: キクちゃん SNH48 Team NII
 SNH48 2期生
 1994/06/18四川省遂寧市生まれ
(チュー・チンイー)のように中国芸能界でメジャーデビューするところまで、自分の応援するメンバーを押し上げられるかもしれない。

このように運営会社が顧客から獲得できる信用こそが「粉絲経済」を事業として存続させる本質であって、「狭く深く」マネタイズするというのは「粉絲経済」が結果的に帯びる属性にすぎない。

SNH48運営会社の模索:韓国式への回帰

ただし、SNH48運営会社は成長するに連れてジレンマを抱えるようになっている。

「粉絲経済」は顧客から「金を払えばメンバーが成長する」という信用を得なければ存続できないが、規模が拡大し、メンバー数が増えるに連れてこの信用モデルを維持するのが難しくなる。

その理由の一つは、上述のように中国の主流はあくまで韓国式アイドルであり、日本式アイドルのファンの絶対数が少ないことだ。中国の日本式アイドル市場はすでに小さな顧客層を食い合う過当競争化していると言ってよい。SNH48運営会社は先行者利益でこの過当競争を生き抜くことができているだけだ。

もう一つは、SNH48のように成功した運営会社ほど、人気のない周縁メンバーに資源、つまりファンの目に見える活躍のチャンスを与えるのが難しくなるということだ。

SNH48のメンバー数は300名近くだが、周縁メンバーのファンは自分の応援するメンバーにいくら金を落としても、年一回の人気投票である総選挙で上位に押し上げられないという「あきらめムード」になる。

結果としてSNH48運営会社は「粉絲経済」から部分的に離脱して、他の事業展開を模索せざるを得なくなっている。それが韓国式アイドルであり、IPビジネスであり、文化地産ビジネスだ。

SNH48運営会社は中国ではやはり韓国式アイドルが主流であることを理解している。そのため「7 SENSES」という派生グループを試験的に結成し、韓国で本場のレッスンを受けさせた。

他のメンバーにも韓国式の本格的なダンスレッスンを受けさせ始めており、中国のメジャーなバラエティー番組出演にも耐えうる実力派メンバーを育成している。これは日本式の育成系から明らかに外れている。

ただじっさいには「粉絲経済」と韓国式へのシフトは補完関係にあり、韓国式アイドルグループのメンバーになることで中国国内でメジャーに活躍できる機会を作り、顧客からの信用を維持しようとしている。

SNH48運営会社の模索:IPビジネス

また、SNH48運営会社はネット配信のドラマ・映画を制作する子会社を設立し、メンバーを出演させたコンテンツを制作・販売し始めている。

それによってIPビジネスとしての収益を狙うとともに、本来の「粉絲経済」の観点から出来るだけ多くのメンバーの活躍の選択肢を広げている。じっさい人気メンバーとは言えない、北京、広州の姉妹グループのメンバーを自社制作コンテンツに積極的に出演させている。

大物タレントを起用するより制作費が抑えられ、IPビジネスなら日本式アイドル独特の「粉絲経済」が理解できない一般消費者からも収益が得られる可能性が出て来る。もちろんバブリーと言われる中国のIPビジネス自体が存続する限りだが。

SNH48運営会社の模索:文化地産ビジネス

もう一つは、いわゆる文化地産ビジネスへの進出だ。文化的なコンテンツを目玉に商業施設を運営するビジネスで、テーマパークがその典型例と言える。

日本式アイドルの中でも、48系グループには定期公演を行う劇場が必要だ。上海SNH48は下町の古い映画館をリノベーションするという超低コストな劇場建設がをした。

しかし、北京、広州の姉妹グループは、集客を考えるとさずがに中心部から外れた下町とは行かず、北京では既存のショッピングモール「悠唐国際広場」、広州ではオフィスビル「中泰国際広場」低層階の商業区画を借りて劇場を作っている。

ただ、3つ目の姉妹グループである瀋陽SHY48の劇場からは、文化地産の性格が現れ始めている。

「瀋陽豫瓏城」を運営する不動産会社(親会社は上海豫園を運営する豫園商城)と提携し、瀋陽中街の中心部からやや外れた「瀋陽豫瓏城」へ若者層顧客を誘導するという、比較的はっきりした文化地産経営の目的にSNH48運営会社が協力している。

そしてSNH48運営会社自身が文化地産を開発する側になろうとしている。今後、姉妹グループの劇場を作るとき劇場を含む商業施設全体をプロジェクトとして自ら建設しようという動きだ。

こうした大規模な投資ができるのは、SNH48運営会社がすでに投資ラウンドのシリーズCを終えており、一定の資本規模にまで成長していることがある。

この文化地産ビジネスは、日本式アイドルから韓国式への逸脱と合わせて、今までのコアな男性「追星」層だけでなく、より広い顧客層を開拓する目的もある。

以上のように、中国の日本式アイドルビジネスは、高口氏の記事がカバーしていないところまですでに発展している。

日本式アイドル事業の代表である中国SNH48運営会社は、IPビジネスや文化地産など、既存の事業モデルを取り込まざるを得ないところまで、短期間で成熟してしまったと言える。

高口氏の記事がそこまで見通せなかった最大の理由は、取材相手が「Idol School」だったことが招いた悲劇だ(笑)。ぜひ一度、上海SNH48運営会社のCEO陶鶯女史に直接取材することをおすすめする。

おまけ:しょうもないツッコミ

最後に、高口氏の記事について、やや本質から外れるしょうもないツッコミをいくつか入れておく。

日本エンタメが存在感を失った理由としてスルーされている重要な点がある。電通ビジネスモデルが中国で通用しない点だ。

AKB48運営はインドネシアの姉妹グループ展開では、電通が現地広告代理店をコントロールすることで、当初からマスメディアを利用してプレゼンスを獲得している。中国のマスメディアはご承知のように当局の管轄下にあり、この手法が使えない。

また、日本式アイドルと日本のアニメの中国での浸透の仕方に違いがあると読めるが、これも間違い。

日本式アイドルは上述のように「社団」という「海賊版」で中国各地にすでに浸透していた。無断でAKB48などの音源を使ってパフォーマンスし、これらの音源は現地ファンが無断でネットに転載したものだ。

日本のアニメが中国でプレゼンスを高めた最大の要因は「字幕組」の存在だ。アニメに中国語字幕をつけて無断でネットに転載する。日本式アイドルも同じで、字幕組が例えばAKB48メンバーの出演する日本のバラエティー番組に中国語字幕をつけて無断で転載する。

この点で、アニメと日本系アイドルの中国での草の根の浸透方式に違いはない。

それから、アイドルを応援する定番の”MIX”について、中国では日本語がそのまま用いられているというのも誤りで、中国語のMIX、厳密には”コール”はすでに存在する。

地下アイドルファンなら分かると思うが、「ガチ恋口上」だ。

言いたいことがあるんだよ
やっぱり○○(メンバー名)はかわいいよ
好き好き大好き やっぱ好き
やっと見つけたお姫様
俺が生まれてきた理由
それはお前に出会うため
俺と一緒に人生歩もう
世界で一番愛してる
ア・イ・シ・テ・ルーーー!!

これはSNH48ファンによって「恋口上」として中国語化されている。

一部日本語を改変しており、おおむね脚韻をふんでいるのがポイント。

有一些 心里话 想要说给你
○○○ 就是你 最可爱的你
喜欢你 喜欢你 就是喜欢你
翻过山 越过海 你就是唯一
有了你 生命里 全都是奇迹
失去你 不再有 燃烧的意义
让我们 再继续 绽放吧生命
全世界 所有人 我最喜欢你
我最喜欢你!!

ここまで高口氏に調べてほしいとは言わないけれど、それくらい48系地下アイドルの世界はディープで、一度は入り込まないと客観的に論評することさえできない。

以上、何かの参考になれば。