SNH48六期生の自己紹介ツイートをご紹介(3)

SNH48六期生のうち、中国ツイッター(新浪微博)で比較的まとまった自己紹介やファンからのQ&Aをツイートしているメンバーを、時間のあるかぎりご紹介。


GNZ48 TeamG 王馨悅 Wáng Xīn Yuè ワン・シンユエ GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 1994/07/19雲南省生まれ
(ワン・シンユエ)

2016/05/03 18:48のツイートより
(訳注:自己紹介ではなく初公演の感想だが、日本語試訳しておく)

13歳の時、私の夢はアイドルになることだった。お母さんに、CDを出したら、最初のお給料はぜんぶお母さんにあげるって言ってた。お母さんは喜んで、後半の話には感動して、前半の話は冗談だと思ってた。

その後になって、私は高校に入っても、夢を捨てていなかった。でも少しずつ夢から離れていった。高二のときの文系理系の選択で、思った通り理系を選択して、将来の専門の目標を化学と生物に決めた。

でもそのとき、私のドリーム・スクールはやっぱりスタンフォード大学で、その当時の夢は、今ではもちろんただの夢にすぎない。

いつから変わり始めたかって?理系を学んだけれど、ずっと言葉が好きな私は文系をあきらめなかった。だから中国伝媒大学(訳注:北京市朝陽区にある放送教育分野の最高レベルの大学)が自主応募生を募集していると聴いたとき、思い切って応募した。

専門の筆記試験と面接試験が終わった後、なぜだか熱が出て、その日の夜の文化のテストのときはボーッとしていた。でも最後に成績が発表されたら、不合格の1/20には入っていなかった。

それから大学入試、たとえどんな理由があるにしても、結局のところ満足のいく点数はとれなかった。

志望大学を考えるときは何日も悩んだ。もし昆明に残るなら、雲南大学にとどまって、自主応募生に合格した私は生物を学べる。でも結局は自分の異常な点数を考えてみたら、自主応募に参加しなければ、きっと合格ラインにとどかない。

もちろん最終的には、やっぱり自主応募をとっておいて、遠くの北京に行くことを選んで、ニュース学科を選択した。

記者という言葉は私の心に重く響いて、いつの日か”鉄の肩に道義を担い、妙手で文章を記す”という標語に足るようになろうと憧れた。”天地のために心を決め、人民にともに進むべき道を示し、かつての聖人たちが伝えなかった教えを受け継ぎ、天下の後世のために永遠に平和な基礎を作る”ことはできなかったけれど、この世界が私がいることで少しでも違うものになったらと願っていた。

そしてまさにこの願いのために、私は舞台に立つことを選んだ。突然、13歳のころの夢がまるで少し近づいたかのよう。

正式に運営会社に入ってから今まで、たったの105日、ずっと歩んできたのは、いばらの道だった。

チームGに入ることになって恐れと不安があったし、記憶力が悪くて自分でも絶望するくらいで、そのせいでポジションに悩んで、ずっと自問してた。本当にこれじゃひどすぎるんじゃない?って。

それから間もなくして、仲がいちばん良かった二人の女の子が、学業やその他の理由で続けて退団した……

それから細々したことがたくさんたくさんあって、その一つひとつが、すべて前進する道のりの障害になった。

あの日からだ、すく涙が出るようになったのは。

昨日の晩の公演が終わって生活センターに帰ってから、倩玉(訳注:GNZ48 TeamG akuma(周倩玉 Zhōu Qiàn Yù チョウ・チェンユー あだ名: akuma GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 2000/04/18四川省生まれ
))、寒月(訳注:GNZ48 TeamG つき(羅寒月 Luó Hán Yuè ルオ・ハンユエ あだ名: つき GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 2000/04/27重慶市生まれ
))、核桃(訳注:GNZ TeamG ふーたお(胡怡瑩 Hú Yí Yíng フー・イーイン あだ名: ふーたお GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 1997/03/19内モンゴル生まれ
))と私たちみんなで泣いた。

簡単なやりとりの後気づいたのは、みんなが言っていることがあまり違わないということ。簡単にいえば自分のやったことはファンのみなさんに比べれば実際少なすぎると自覚していること。

私たちはまだまだ優秀じゃないし、美人でもないし、ダンスに至っては何度公演を踊ってもまだミスをしている。

それで私たちに会いに来るためにはるばる遠くからやって来て、長い行列を作って、のどがはれて痛くなって声も出なくなるほどコールしようという人なんているわけがない……

私たちはどうして、心にやましいところもなくこんなことを受け入れられるだろう?みんなの慰めと励ましのダイレクトメッセージやコメントを読みながら、ますます自分は足りない、まだまだだと思った……

たぶん私たちはみんな泣き虫だけど、泣き虫なのは決して恥ずかしいことじゃない。泣くっていうことは強くないことじゃない。

大事なのは泣いた後に自分がどんな人になりたいか、何をするべきかが分かるかどうかということ。

今の私は、まだ思っている。私がいることで世界を少しでも変えられる人になりたいと。

私の世界というのは、ファンのみなさんの心のことだけれど。


訳してみたら意外に重い内容だったので、今回は王馨悅 Wáng Xīn Yuè ワン・シンユエ GNZ48 Team G
 SNH48 6期生
 1994/07/19雲南省生まれ
(ワン・シンユエ)のご紹介だけということで。

彼女は広州GNZ48 TeamG『シアターの女神』公演で、前座として『ロマンスかくれんぼ』を歌っている。

ちなみに彼女は自分で「球球(チョウチョウ)」というあだ名を付けている。意味はバストが大きいということ。すでに大学生なので、これくらいのあだ名は自分で付けちゃう、ということらしい。

ただし、日本語ではSNH48チームX四期生チョウチョウ(汪佳翎 Wāng Jiā Líng ワン・チャーリン あだ名: チョウチョウ(99) SNH48 Team X
 SNH48 4期生
 1999/07/13福建省福州市生まれ
)と区別がつかなくなるので、もうしばらく考えることにする。公演生放送の弾幕コメントでは、「球王(チョウワン:おっぱいクイーン)」というあだ名も付いているけれど、さすがにちょっとお下品だし…(汗)

ところで彼女のこの文章で、六期生の中にもデビューまでのレッスンの途中で退団したメンバーが何名かいたことが分かる。夢と現実の落差ということだろう。